惡の華

『悪の華』には、テオフィル・ゴーティエへの献辞が記(しる)されています。 ですがこの詩集は、『悪の華』を訳したものとは到底言えません。        オリジナルの内容・文章・文脈・単語など大胆に変更しています。また、        ボードレールの真骨頂との言える韻への配慮も行っていません。        詩の真意から外れないことには、出来る限り気を使いました。 そしてとにかく、分かりやすく面白いものにしようと仕上げました。        そう言う意味では、『悪の華』へのオマージュであると思っています。  

※1レスボス島

ラテンの享楽と、ギリシャの快楽を生んだ島、

レスボス。この島での口づけは、けだるくて陽気。

太陽のように熱く、冷えたスイカのように清々しい。そして、

昼も輝き、夜もまた輝くこの島の、なくてはならない飾りもの。

———ラテンの享楽と、ギリシャの快楽を生んだ島、

 

レスボス、ここで交わす口づけは滝の流れ。

底知れぬ深淵に人を落とし、恍惚の水に泳がせ、

大胆に人を捩らせ、時に泣き、また泣かせ、

———狂い、秘密を作り、のたうち、淀む。

レスボス、ここで交わす口づけは滝の流れ。

 

レスボス、ここでは※2フリーネのような美女と美女が愛し合って、

愛のため息ごとに、エコーが反応し、

※3パフォスの町がそうであるように、レスボス島もまた、星々に祝福される。

なるほど、ヴィーナスがサフォーを妬んだ理由がよく分かる!

レスボス、ここではフリーネのような美女と美女が愛し合って、

 

レスボス、夜な夜な女が女を慰める蒸し暑い島。

目のふちを黒ずませた少女が、鏡に映る自分を見つめながら、

既に女になりきったクリトリスとヴァギナを愛撫する呼吸は、

不毛な快楽の吐息!

レスボス、夜な夜な女が女を慰める蒸し暑い島。

 

年老いたプラトンが眉をひそめたからって、それが何なのだ。

口づけに夢中になれば、そんなことは気にもとめなくなる。

もっと気持ちよくなる快楽の技巧を考えていれば、余計なものは目に入らない。

後ろめたい愛の国、その背徳にゾクゾクする女たち。

年老いたプラトンが眉をひそめたからって、それが何なのだ。

 

背徳の赦しは、終わりのない受難によって償われる。

次から次へ、もっともっとと、欲深い思いは責めさいなまれるもの、

お前は、恋焦がれる少女の輝くほほえみを垣間見たいばかりに、

彼岸へ惹かれて行く。

背徳の赦しは、終わりのない受難によって償われるのだ。

 

数いる神々の中で、いったいどの神がお前を裁くと言うのだ。

背徳を重ねて青ざめたお前を、それでも罰すると言うのか?

黄金の秤で、お前の流した涙を、

そのやるせない涙の量を、はかった事もないくせに神は、ああ、

数いる神々の中で、いったいどの神がお前を裁くと言うのだ。

 

正や不正の掟などは、悪い冗談に過ぎない。

崇高な心を持った処女たちよ、エーゲ海の誇りよ、

お前らの宗教も、他の宗教に劣らず荘厳だ。

そして、『地獄』も『天国』も笑い飛ばす教えではないか。

正や不正の掟などは、悪い冗談に過ぎない。

 

そう言い切れるのも、レスボスが世界中の詩人の中からオレを選んだからだ。

花咲く処女たちの、暗い秘密を歌う者はオレしかいないのだ。

オレは、ガキの頃から、

涙を流すほど笑える変態を、理解していたのだ。

だから、レスボスが世界中の詩人の中からオレを選んだのだ。

 

選ばれた時から、レスボスの岬でオレは見張っている。

眼光鋭く、ピリピリしながら、

レスボスに近づく不逞な船はないかと、

どんな些細な一点の変化も、青い海と空の中に見落とすまいと。

選ばれた時から、レスボスの岬でオレは見張っている。

 

海が果たして寛容であるかどうかを知るために、

島民の嘆きが岩に砕けて散る夕暮れ、

あの身投げしたサフォーの尊い亡骸が、

再びこのレスボスに運ばれてくるか試している。

海が果たして寛容であるかどうかを知るために、

 

同性への恋を、臆面もなく謳った女流詩人よ。

青白く面窶れしているが、あんたは、ヴィーナスよりきれいだ。

———美の女神のブルーの瞳も、

不健康な隈を従えたそのまっ黒い瞳に及ばない。

同性への恋を、臆面もなく謳った女流詩人よ。

 

———ヴィーナスより美しいサフォーさん。

その透明な、あんたの心と、

輝く金色の髪の輝きを、

海に、ヴィーナスを作った海に、まき散らせ!

ヴィーナスより美しいサフォーさん。

 

———あんたは、自分自身を裏切ったその日に身を海に投げた。

レスボスで完成させた習慣と儀式を捨てて、

女にのみ愛されたその汚れない肉体を、

不潔な男の餌食にした。

あんたは、自分自身を裏切ったその日に身を海に投げた。

 

その時から、レスボスの悲劇は始まった。

しかし世界は、レスボスへの敬意を捨ててはいない。

なのにレスボスは、夜ごと岩だらけの海岸から天に届けとばかり、

囂々たる呻りを上げて、その悲劇に酔っているのだ!

レスボスの悲劇は始まってしまったのた。

 

※1エーゲ海の島。サフォーが生まれた島。女性の同性愛の場として知られている。

※2フリーネ。古代ギリシャの娼婦。絶世の美女として名を残した。

※3パフォス。キプロスの古代都市。ヴィーナスの神殿があった。

 

地獄に落ちた男たち ※1ローランとデュランダル

蛾が狂ったように飛び交う蛍光灯を、

デュランダルは見つめながら、

整髪剤とタバコのにおいの染みついた枕を頭の下に抱え、

自分の身体の表面から、蛹の殻を剝がしてくれる力強い愛撫を、想像していた。

 

それは、暴風の中、旅人が目を窄めながら、

けさ越えて来た地平線を振り返り、遥かかなたの、

濁りのない青空を、

探しているのに似ていた。

 

力のない目に浮かぶ、水のような涙、

気が抜け無防備な身体、どんよりした欲情、

ぐったりと、役にたたない武器のように投げられた腕、

そのすべてが、この少年のあやうい美しさを飾っていた。

 

その足元では、ローランが静かに、そして爛々と目を見開き、

デュランダルを見つめていた。

それは、まずひと噛みして、

獲物の反応をうかがう猛獣のようだった。

 

成熟していない者を前にして、筋肉たくましい青年は、

うっとりしながら、同時に傲慢に、

むせ返るあやうい気配を、勝者のように啜っていた。そして、何か言葉を、

頬を動かすだけの笑みでもいいから、合図を引き出そうと、身体を伸ばした。

 

性がもらす、声のない歌を聴き逃すまいとした。

また、まぶたの動きで、

少年の心の吐息を感じようとした。

ローランは、青ざめた子羊の瞳を、飽きず探った。

 

が結局、少年に反応はなかった。じれたローランは口を開いた。

———「気分はどうだ? ああ知っているよ、あの女のことは。

お前のことが好きなあの女のことは。婚約したんだよなぁ? しかし、

お前の水仙のつぼみを、枯らせてしまうかもしれない女なんだぜ。

 

オレの口づけは、強く鋭く熱い。

刀で、絹を裂くような感じだ。

しかし女の口づけは、糖が緩んだ飴のようで、

後味悪く、喉が渇く。それにお前は、

 

屋根裏を歩く者が経験するように、

蜘蛛の巣が髪や顔に絡みつき、舞い上がる埃を吸ったように気分が悪くなるだろう。それがオチさ。

可愛いデュランダル、顔を上げて輝く笑顔を見せてくれ。

オレの全部であり、半分でもあるお前、

 

すべてを吸い込むその瞳で、オレを見つめてくれ。

お前の息は、剥いた桃のような匂いだ、

そうだ、今日は内緒の遊びを、秘密の技巧で楽しんで、

本物の夢をプレゼントしよう」

 

デュランダルは、枕から頭を動かし、

———「ボクはどうすればいいのだろう。

からかい半分のちょっかいが、

彼女の自殺未遂を招いたんだ。

 

恐ろしい生き物の群れが襲い掛かって来て、

光りの当たらない暗い場所にボクを追い込んで、

そこは結局、目の前に大きく高い壁がある行き止まりで、

振り返ったら、あの生き物の群れがトウセンボウをしていて、

 

ボクは八方塞がりだ。

地面がぐらぐらしてくる。

あなたに「好き」と言われるたびに、複雑な気持ちになるけど、

ボクの唇は、どうしてもあんたに向いてしまう。

 

そんなにじっとボクを見つめないで、

奥さんや、まだ幼い娘さんも、そんな目で見つめるの?

あんたの目の奥に隠れているものが、破滅への罠だったとしても、

ボクは引き下がらないよ。」

 

ローランは、背筋が毛羽立ち、唇が震えた。

デュランダルを見つめる眼差しは、茨で抱かれ、

狭まった喉を捩じりながらこう言った。

———「なんて面倒くさいことを口にするんだ。

 

引き下がらないと決めたのなら、八方塞がりだなんて言わないことだ。

それに、いま、この状況で、なんで、オレの家族のことを口にするんだ。

答えの出ない不毛な問題へオレを突き落とさないでくれ。

お互いに、道徳だ倫理だなんて、持ち出さないようにしようぜ。

 

影と熱とを結び合わせ、陰と陽とを一緒にして、

これこそが宇宙の調和で動かせない真理だ、などと、

寝言を言うヤツらには、恋と言う真っ赤な太陽に、

暖まることは出来ない。

 

さあ、お前は自由だ。お望みとあらば、

死に損なったあの青白い女のもとに走るがいい。

そうすれば、世間に顔もたつだろう。

ただ、『やっぱりダメだった』と泣きっ面で、オレのところに戻ってくるのが、これまたオチだ。

 

この世界には、たったひとつの真実があるのみだ。本能には抗えなっていう真実だ」

すると少年は、耐えかねたように、

いきなり叫んだ、———「ボクの心と身体の空洞に、

果ても底もない空虚を、あんたの熱いモノで埋めて!

 

この熱をもって疼く空虚を、あんたの熱で焼き尽くして!

お尻の奥に、飢えた獣が居座って呻いている。

あんたの熱で、その獣の舌から煙を上げさせて!

『地獄の陰獣』の渇いた喉を、干からびさせて!

 

カーテンを閉めて、ボクとあんたを世間から切り離して。

ひとつ、ひとつと湧き上がって来る快感が、何もかも忘れさせてくれればいいのだ。

あんたの下で、ボクは消滅すればいいんだ。

あんたのチンポに墓石の硬さを感じたい!」

 

———堕ちろ、堕ちろ、淫蕩の犠牲者よ。

長い地獄の坂道を、どこまでも転がり落ちて行け!

底の底の、どん底に堕ちたら、

天から吹き付ける風の鞭に叩きのめされろ。

 

お前たちの罪が、囂々と音を立てて渦巻くだろう!

欲情にすべてが霞んだ気違いどもめ、行くとこまで行け!

そして気付くのだ、快楽に満足はないことを。

罪に罪を、どんどん重ねろ!

 

決して、その穴倉に、一筋の光も差し込まないだろう。

岩の割れ目から、陽炎のように、

熱病に至らせる臭い毒気が滲み出て、

お前たちの身体に染み込んでいくのだ。

 

お前たちの、子を孕まない不毛の遊びが、

お前たちの喉を絞り、皮膚をひび割れさせ、

そして淫欲の風が吠え、

お前たちの身体は旗のように揺れる。

 

すべてに耳を塞いで快楽に溺れる男たちよ、

荒野を、飢えたオオカミのようにさまよえ!

そして、気が済むまで交わればいい。

馬鹿にならなければ、本物の快楽は得られないのだから!

 

※1中世騎士物語『ローランの歌』による。デュランダルは、カール大帝の寵臣ローランの愛剣。デュランダルが敵の手に渡ることを恐れて岩に叩きつけて折ろうとするが、剣は岩を両断して折れなかった。

吸血鬼の変身

イチゴのような半開きの唇を、指でなぞりながら、

火に投げ込まれたヘビさながらに身をよじり、

乳房をブラジャーのワイヤーで揉み上げ、

苦くて甘い息を吐き、女はこんな言葉を洩らした。

———「ワタシ、知っているわ、アンタの良心をブッ飛ばす方法を。

それにしても、何て、ぬめった唇なのかしら……。

ワタシの乳房は、どんな涙も乾かしてきたし、

おじいちゃんを、赤ちゃんに変えてきたわ。

真っ裸になって、男の前に立つときには、

月にも、太陽にも、女王にも、ライオンにでもなれるわ。

ワタシのオマンコは、そんじょそこらのものとは違うのよ。

咥え込んだチンポが悲鳴をあげるって評判よ。

特にこの首を絞めてごらんよ。

締まりがよけい良くなって、

布団までボゥーとして、

半死人だって射精するわよ。」

 

オレはキンタマ汁を全部吸い取られ、

ぐったりとなったまま、口づけのお返しをしようと、

女の唇に舌を差し出したとき、そこにオレは見てしまった、

ぬらぬらと膨れ上がった、膿だらけの革袋を!

オレはゾッとして思わず両目をつぶった。そして夜明けを待つことにした。

やがて、清々しい朝日が部屋を満たした。そっと目を開いて、

傍らの女を見た。そこにはあの血色の赤味を帯びた人間はおらず、

骸骨が散らばり、その骨の一つ一つが震え、

冬の夜通し風に揺られる、壊れた風見鶏や、

鉄の棒にぶら下がった看板の、

あの軋む音に似た泣き声を、

からからと上げていた。